「お客様だから仕方がない」で終わらせない職場へ
「お客様だから仕方がない」
接客や営業の仕事をしていると、一度くらいはそんな言葉を聞いたことがあるのではないでしょうか。
強い口調で叱責されても、無理な要求をされても、取引先から長時間拘束されても、
「仕事なんだから」
「相手はお客様だから」
「自分が我慢すれば済む」
そうやって受け止めてきた人も少なくないと思います。
けれど、その「仕方がない」は、これから少し変わっていくのかもしれません。
2026年10月から企業の対策が義務に
2026年10月1日から、カスタマーハラスメントを防止するための措置を講じることが、すべての事業主に義務づけられます。厚生労働省は、相談に対応する体制の整備など、企業に必要な対応を示しています。
背景には、カスタマーハラスメントが一部の特殊な職場だけの問題ではなくなっていることがあります。
厚生労働省の調査では、過去3年間にカスタマーハラスメントを受けた経験がある労働者は10.8%。およそ10人に1人です。
数字だけを見ると1割かもしれません。
しかし、一人の社員が強い言葉を浴びせられ、そのことを何日も引きずったり、出勤すること自体が怖くなったりすることを考えれば、単なる「接客上のトラブル」として片づけられる問題ではありません。
「良い接客」と「我慢すること」は違う
もちろん、お客様からの苦情や要望のすべてがカスタマーハラスメントではありません。
厚生労働省も、社会通念上許容される範囲で行われる正当な申し入れはカスタマーハラスメントには当たらないとしています。カスタマーハラスメントとは、顧客や取引先などによる、社会通念上許容される範囲を超えた言動によって、働く人の就業環境が害されるものです。
ここはとても大切だと思います。
企業が顧客の声を聞かなくてよい、という話ではありません。
商品やサービスに問題があれば、きちんと向き合う必要があります。
ただし、
顧客の要望に応えることと、働く人が理不尽な言動に耐えることは別の話です。
これまで、この二つが少し混ざっていた職場もあったのではないでしょうか。
「本人の対応力」に任せすぎていなかったか
カスタマーハラスメントが起きたとき、
「もう少しうまく対応できなかったのか」
「相手を怒らせないようにしてほしい」
「接客業なんだから、そのくらいは仕方がない」
と言われてしまえば、受けた本人は相談しづらくなります。
そして問題が、「会社としてどう対応するか」ではなく、いつの間にか「その人の接客能力」の話に変わってしまいます。
しかし、どこまで現場で対応するのか。
どこから上司に代わるのか。
どの段階で対応を打ち切るのか。
困ったときに誰へ相談するのか。
こうした線引きは、本来、一人の社員だけに任せるものではないはずです。
働く人を守ることは、顧客を敵にすることではない
カスタマーハラスメント対策という言葉から、「お客様に厳しくすること」を想像する人もいるかもしれません。
でも、本来はそうではないと思います。
丁寧な意見や正当な苦情には、これまでどおり誠実に向き合う。
一方で、暴言、威圧、過度な要求などには、会社として一定の線を引く。
その境界を明確にすることが、結果としてお客様にとっても働く人にとっても、分かりやすい関係につながるのではないでしょうか。
「安心して働けるか」も仕事の条件の一つ
仕事を選ぶとき、私たちは給与、仕事内容、勤務時間、休日などを考えます。
けれど、
困ったときに会社が守ってくれるか。
これも、本当は大切な仕事の条件なのではないでしょうか。
どれだけ仕事内容が好きでも、毎日のように理不尽な言動を受け、それを「仕事だから」と一人で抱え続ければ、働き続けることは難しくなります。
反対に、
「困ったら相談していい」
「一人で対応しなくていい」
「ここから先は会社が対応する」
という安心感があれば、同じ仕事でも感じる負担は大きく変わるでしょう。
「仕方がない」を見直す機会に
10月から始まる義務化を、企業にとっての「新しいルールへの対応」とだけ捉えることもできます。
規程を作る。
相談窓口を設ける。
社員研修を行う。
もちろん、それらも必要です。
ただ、それ以上に大切なのは、
これまで職場で当たり前にしてきた「我慢」を見直すことなのかもしれません。
お客様だから。
取引先だから。
仕事だから。
その言葉の後ろで、誰か一人が無理をしていなかったでしょうか。
働く人を守ることと、お客様を大切にすることは、どちらか一方を選ぶものではありません。
お互いを尊重できる範囲をきちんと決める。
カスタマーハラスメント対策の義務化を、そんな職場づくりについて改めて考えるきっかけにしてもよいのではないでしょうか。
