「この会社はブラック企業だ」
働くことがつらくなったとき、この言葉によって、自分の置かれた状況を説明しやすくなったことには大きな意味があります。
長時間労働、残業代の未払い、ハラスメント、過度なノルマ、休むことを許さない職場風土。以前であれば「仕事とはそういうものだ」「本人の我慢が足りない」と片づけられていた問題が、社会全体で問題として認識されるようになりました。
これは、働く人を守るうえで大切な変化です。
その一方で、私は最近、「ブラック企業」という言葉があまりにも広い意味で使われていることに、少し危機感を覚えています。
二つの異なる問題が、一緒くたにされている
一口に「働きにくい職場」といっても、大きく二つの状態があります。
一つは、法令違反、過重労働、残業代の未払い、ハラスメントなどがあり、客観的に改善されるべき問題を抱えた職場です。これも程度の差はありますが、ほとんどの会社でたたけばほこりが出る状況だと思います。うちの会社は全く法令にも違反していないし、ハラスメントも一切ない、と胸を張って言える会社は0に近いのではないかと思います。
もう一つは、法令違反とまではいえなくても、会社の価値観や仕事の進め方、人間関係、求められる役割などが、その人の希望や特性に合っていない職場です。
限りなく黒に近いグレーの会社も多くありますし、私自身もそのような会社を何社か渡り歩いてきました。でも私にとってはブラックだと思っても、そこに働いている人がいて、成果を残している人もいるのも事実です。
前者はもちろん、後者も本人にとっては非常につらいものです。
合わない環境で働き続ければ、心身の調子を崩すこともあります。「自分にとってつらい」という感覚を、軽く扱ってよいわけではありません。
しかし、この二つを一緒くたにして、どちらも「ブラック企業」と呼んでしまってよいのでしょうか。
事実として相談の場面でお話を伺うと「その人にとってブラックな職場」という言い方のほうが、何となくスッと腹落ちすることのほうが多いです。
本当に深刻な問題が見えにくくなる
何でも「ブラック企業」という同じ言葉で表現してしまうと、法令違反や人権侵害を伴う深刻な問題と、個人と職場との相性の問題との境界が曖昧になります。
少し厳しく指導された。希望していない業務を任された。会社の考え方が自分と合わない。思っていたより仕事が忙しかった。
こうした経験と、残業代が支払われない、人格を否定される、退職を妨害されるといった問題とが同じ言葉で語られるようになれば、本当に助けを必要としている人の深刻さが伝わりにくくなります。
「どこもブラックと言われているから」と受け流され、本来見過ごしてはいけない問題まで軽く扱われるおそれがあります。
「ブラック企業」という言葉を広げすぎることは、結果として、その言葉が本来持っていた警告としての力を弱めることにもなりかねません。
「自分に合わなかった理由」も見えなくなる
もう一つの問題は、働く人自身が、自分と職場との関係を振り返る機会を失ってしまうことです。
働きにくさの原因をすべて「会社がブラックだったから」と結論づければ、自分が何を大切にして働きたいのか、何が満たされなかったのかを整理しないまま、次の職場を選ぶことになります。
例えば、自分で考えて動くことが求められる職場を、ある人は「裁量が大きくて働きやすい」と感じます。しかし、明確な指示を求める人は「何も教えてもらえない」と感じるかもしれません。
細かなルールが定められた職場を「安心して働ける」と感じる人もいれば、「自由がなく窮屈だ」と感じる人もいます。
成果を厳しく求める職場が合う人もいれば、安定や協力を重視する職場のほうが力を発揮できる人もいます。
どちらが正しい、間違っているという話ではありません。
同じ職場でも、人によって評価が異なるのは当然です。そこには、会社の問題だけではなく、本人が求める働き方と、職場が提供する環境との適合があります。
「その人にとってブラック」という感覚も大切にする
ここで注意したいのは、「会社に問題はなく、本人との相性が悪いだけだから我慢すべきだ」という話ではないことです。
客観的な法令違反がなくても、その人が強い苦痛を感じ、働き続けることが難しいのであれば、環境を変えることは正当な選択です。
ただし、そのときに必要なのは、会社を一言でブラックと断定することではなく、「自分にとって、何が合わなかったのか」を具体的に捉えることです。
求められていた役割なのか。
業務内容なのか。
上司や同僚との関係なのか。
仕事量や責任の重さなのか。
勤務時間や待遇などの条件なのか。
それとも、仕事の意味や将来への納得感なのか。
この違いを明らかにできれば、今の職場で改善できることがあるのか、それとも転職したほうがよいのかを、より冷静に判断できます。
そして、次の職場を選ぶときにも、同じ苦しさを繰り返す可能性を減らせます。
会社側にも、自らを見直す責任がある
もちろん、「相性」という言葉を、会社側の問題を隠すために使ってはいけません。
退職者が続いているのに、「うちの会社に合わなかっただけ」と片づける。部下が苦しんでいるのに、「最近の人は我慢が足りない」と考える。ハラスメントを「厳しい指導」と言い換える。
このような姿勢では、職場は改善されません。
会社側も、法令を守っているかという最低限の確認だけでなく、業務量、役割分担、指導方法、人間関係、評価制度などに、働きにくさを生み出す構造がないかを振り返る必要があります。
個人と職場の適合は、本人だけの責任ではありません。
会社にも、それぞれの人が力を発揮しやすい環境を整え、対話を通じて調整していく責任があります。
問題を正しく分けることが、人を守る
明らかに問題のある職場と、その人にとって合わない職場は同じではありません。
両者を区別することは、企業を擁護するためではありません。
法令違反やハラスメントなどの深刻な問題を正しく見極め、本当に助けを必要としている人を守るためです。
同時に、個人が自分に合った働き方を見つけ、同じミスマッチを繰り返さないためでもあります。
「ブラック企業か、ホワイト企業か」という一色の見方だけでは、職場の実態も、働く人の苦しさも十分には理解できません。
必要なのは、問題の性質を丁寧に分けて考えることです。
会社に明らかな問題があるのか。
それとも、本人が求める働き方と職場環境の間に、大きなずれがあるのか。
あるいは、その両方なのか。
この違いを正しく見分けることが、働く人と会社の双方にとって、よりよい選択につながるのではないでしょうか。
